青森地方裁判所八戸支部 昭和43年(ワ)25号 判決 1969年9月09日
原告
相馬豊彦
被告
須藤弘雅
ほか一名
主文
一、被告らは、各自、原告に対し、七七万円とこれに対する昭和四四年四月一〇日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二、原告のその余の請求を棄却する。
三、訴訟費用はこれを三分してその二を原告の、その余を被告らの各負担とする。
四、この判決の第一項は仮に執行することができる。
事実
第一、双方の申立
一、原告
被告らは各自原告に対し二三六万六、二〇二円とこれに対する昭和四四年四月一〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
二、被告ら
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第二、双方の主張
一、原告の請求原因
1 事故の発生
昭和四〇年一二月二六日午後七時四五分頃、青森県西津軽郡鰺ヶ沢町大字赤石町字大和田三五番五附近の国道上で被告須藤の運転する普通乗用自動車(以下被告車という)が原告に衝突し、原告は左上腕、大腿骨骨折等の傷害を受けた。
2 被告須藤の過失
被告須藤は、右国道上を進行中、折柄、降雪中で前方が見にくいうえ、対向車とすれ違いのため一瞬眩惑され、前照燈を下向きにしたので、前方を注視して徐行すべく、更に、その前方約一〇メートルのところに原告(当時一〇才)を認めたのであるが、児童は思慮浅く、不測の行動にでることが予想されるところからその動静に注意して警音器を吹鳴し、徐行進行すべき注意義務があるのにこれらの義務を怠り、漫然と運転を続けた過失により本件事故を惹起したものである。
3 被告らの責任
被告戸沢は、被告車の所有者でこれを被告須藤に貸与して相当の利益を得ていたものであり、借主の運転状況を監督規制できる立場にあつたから被告車の保有者であつたというべく、被告須藤も被告戸沢からこれを借り受け、自ら被告車をその運行の用に供していたものである。
以上、被告両名に対し自賠法三条により、また被告須藤は本件事故発生について前記の過失があつたから民法七〇九条によりそれぞれ原告に生じた後記損害賠償の責任がある。
4 損害
(一) 治療代
(イ) 入院費等 六一万二、六一〇円
昭和四〇年一二月二六日から同四二年二月二〇日までの分
(ロ) 附添費(附添婦関係) 一〇万円
昭和四〇年一二月二七日から同四一年四月三〇日までの分
(ハ) 附添費(原告の父親分) 一六万五、六〇〇円
昭和四一年五月一日から同年一〇月三一日までの分
(ニ) 入院費等 四万二、九九二円
昭和四四年三月一七日から同年四月八日までの分
以上合計九二万一、二〇二円
これから自賠責保険金三〇万円と被告須藤からの見舞金二万五、〇〇〇円を差引くと残額は五九万六、二〇二円となる。
(二) 逸失利益
原告は本件事故により前記傷害を受け、左肘関節部は伸展時約二五度反張、約三〇度内反する、屈曲は約九〇度で伸展拘縮を呈する、左下肢は脚長差が約三センチあつて跛行を呈する、左膝には屈曲約五五度の伸展拘縮がある、等の後遺症を残している。
原告は右後遺症のため生涯その労働能力を二六パーセント喪失したものであるが、満一八才に達した日から六〇才になるまで稼働するものとして年五分の割合による中間利息を控除してその間の逸失利益の現在価を求めると二二四万一、四二四円となる(月間所得は全労働者の平均賃金三万八、九〇〇円を基準とする)。
ところが原告は後遺障害に対する自賠責保険金二六万円を受領したからこれを差引いた金員のうち一五〇万円を請求する。
(三) 慰謝料 二〇万円
なお、前記逸失利益の請求が認められないときはそれを慰謝料に加算して請求する。
(四) 弁護士費用 七万円
5 結び
以上により原告は被告らに対し、各自、右合計金二三六万六、二〇二円とこれに対する履行期後である昭和四四年四月一〇日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二、被告らの答弁
1 請求原因1の事実は認める。同2の事実は争う。同3につき被告戸沢が被告車の保有者であることは否認し、被告須藤がその保有者であることは認める。同4につき、治療代のうち(ハ)の附添費は否認し、その余の分は認める。
その他の損害費目はいずれも争う。
2 被告須藤の抗弁
(一) 本件事故は原告が路上で遊んでいて被告車の直前に飛び出したため発生したものであつて被告須藤にとつては不可避の事故である。
(二) 示談の成立
被告須藤と原告の親権者である相馬豊治との間に昭和四一年一月六日、(イ)原告の入院費、治療費は一切被告が負担する、(ロ)右のほか被告は原告に対し見舞金として二万五、〇〇〇円支払う、(ハ)前各項のほか原告は被告に対し一切の請求をしない、との示談契約が成立した。
(三) 過失相殺
前記のとおり本件事故発生については原告にも過失があるから損害額の算定に当り斟酌さるべきである。
3 被告戸沢の抗弁
被告戸沢は被告須藤の抗弁をすべて援用する。原告と被告須藤との示談契約は被告戸沢にもその効力がおよぶものである。
三、原告の答弁
1 被告ら主張の(一)、(三)の抗弁事実は否認する。
2 同二の示談契約の成立は認めるが、右示談は事故後一一日目の早い時期に、しかも後遺症については全く予想もせず、二、三ヶ月で治癒する見込みのもとになされたものであるから後遺症にもとづく本件損害賠償の請求には右示談の効力はおよばず、また、その意思表示には要素の錯誤があるから無効である。
四、被告らの答弁
被告主張の示談契約は医師の診断を基になされたものであるから有効というべきである。
第三、双方の立証〔略〕
理由
一、事故の発生
請求原因1の事実は当事者間に争いない。
二、被告らの責任原因
1 被告須藤が被告車の保有者であることは当事者間に争いない。
2 被告戸沢の責任原因につき判断する。
〔証拠略〕によると次の事実が認められ、これに反する証拠はない。
被告戸沢は、事故当時、自動車賃貸業(賃料を収受して短期間自動車の貸し出しを行う)を営んでいたものであるが、本件事故は被告須藤が同戸沢からその所有にかかる営業車(被告車)を事故当日の午前一一時頃から午後七時頃までの間、賃料三、〇〇〇円の約束で賃借して運転中惹起したものである。被告戸沢はその車を貸し出すにつき、一般に、免許証の所持者でその取得後六ヶ月以上を経過していること、年令は一九才以上であること、交通前科の多いものあるいは試乗の結果運転技術の杜撰なものは除くといつた条件で顧客を選定している。また、貸出車の運転は本人に限り、その使用目的、走行予定経路等を確認のうえ、場合によりコースの変更を指示することもあり、なお、運行中事故が発生した際には直ちにこれを報告することになつている。本件の貸出しに当つてもその例外ではない。
以上の事実が認められる。
およそ、ドライブクラブ方式による自動車賃貸業者の運行供用者責任の成否については、争いの存するところであるが(最判昭三九、一二、四は消極説を採る)、叙上認定の事実によれば、被告戸沢はその自動車の貸し出しに際し運転者を選択決定し、車の運行に関しては一定の条件、制約が伴い、またその貸出期間も短期間であることが窺えるのであつて、かかる場合は同被告において車の貸し出し後もなおその運行支配を失わないと解するのが相当であり、また前記のとおり賃料を収得していることはとりもなおさず同被告にも運行利益が帰属しているものとみて差支えないものというべく、以上、要するに当裁判所は被告戸沢にその運行供用者責任を肯定するに妨げないものと考える。
三、事故の態様
〔証拠略〕を総合すると次の事実が認める。
1 本件事故現場は鰺ヶ沢町から深浦町に至る国道一〇一号線上で道路の両側には住宅がたち並び、見通しは良好なところであるが、夜間の照明設備は少く、また事故当時降雪中で積雪(新雪)が一〇センチ位あつた。
2 被告須藤は被告車を運転し時速約三五キロメートルの速度で北から南に向つて進行し、事故現場附近にさしかかつた際、左斜前方約一〇メートルのところに一〇才位の子供二人(原告とその弟)がいるのを発見したが、別段危険も感じなかつたのでそのまま子供達の右側方を通過できるものと思つて進行したところ、原告らとの距離が三メートル位に近接した時急に同人らが自車の進路に向つて走り出て来るのを発見し、あわてて急制動の措置をとつたが間に合わず自車前部を同人らに衝突させて本件事故の発生をみるに至つた。
3 一方、原告は現場附近の路上で弟の豊光と竹スキー遊びをするため、スキーに乗つた同人の両手を引張り前かがみの状態で左右の安全を確めることなく道路中央寄りに飛び出したため被告車に衝突した。
以上の事実が認められ、これに反する証拠はない(もつとも〔証拠略〕における被告車の停車位置に関する供述記載はその走行速度、路面状況等から判断してたやすく措信できないところではあるが、その余の事故状況に関する事実関係については前認定に反する資料はこれを見出し難い)。
こうした事実からみると、被告須藤は、原告らを認めた際、直ちに警音器を吹鳴して注意を喚起するなり、或は同人らの動静を注視して徐行進行すべきであつたものというべく、本件事故発生に関し同被告に過失がなかつたとは到底認め難いが、一方、原告も左右の交通の安全を確めることなく急に被告車の進路上に飛び出しているのであつてこの点にかなりの過失があつたことは否めないところである。
以上、右の点に関する被告らの抗弁はその余の判断におよぶまでもなく失当たるを免れない。
四、示談の成否とその効力
本件事故による損害賠償につき原告と被告須藤との間に被告主張のような示談契約が成立したことは当事者間に争いない。
〔証拠略〕を総合すると、前記示談契約は警察官のすすめにより藤沢直一が仲に入つて原告の親権者豊治と被告須藤との間でなされたものであるが、当時医師の診断によると原告の傷害の程度は二、三ケ月の入院加療を要するといつた程度で後遺症のことなどは全然話題にならなかつた、そして原告の父親である豊治は二、三ケ月で全治、退院できるとの予想のもとに右示談に応じたが原告の負傷は予期に反して意外に重く、結局、昭和四二年三月頃まで一年三ケ月位もの間入院治療を要することとなり、その間三回も手術を受けたが完全治療には至らず、左肘関節部は伸展時約二五度反張、約三〇度内反し、屈曲は約九〇度で伸展拘縮を呈し、左下肢は約三センチ短縮してびつことなり、左膝には屈曲約五五度伸展拘縮を呈するといつた後遺症を残すに至つた、以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。ところで交通事故による損害賠償につきその全損害を正確に把握し難い状況のもとにおいて早急に小額の賠償金をもつて満足する旨の示談がされた場合には示談によつて被害者が放棄した損害賠償請求権は示談当時予想していた損害についてのもののみと解すべきであるが(最判昭四三、三、一五)、本件における前記認定事実に照らすと原告は右示談契約により示談当時予想できなかつた後遺症による損害についてまでその請求権を放棄したものと解するのは相当でないと考える。
以上、示談金額以上にその損害賠償の責任を負わないとの被告らの主張は到底採用の限りでない。
五、損害
本件事故により原告の蒙つた損害は以下の各証拠により次のとおり認められる。
1 治療関係費 九二万一、二〇二円
(一) 入院費等 六一万二、六一〇円
(当事者間に争いない)
(二) 附添婦の費用 一〇万円
(当事者間に争いない)
(三) 原告の父親の附添費 一六万五、六〇〇円 (〔証拠略〕)
(四) 入院費等 四万二、九九二円 (〔証拠略〕)
2 逸失利益
〔証拠略〕を総合すると、原告は本件事故のため左上腕骨、左大腿骨骨折の傷害を受け、鰺ケ沢町立病院に昭和四一年一月四日から翌四二年三月一四日まで入院して加療し、その間三回にわたつて手術を受けたが完全治癒するに至らず、前認定のような後遺症を残すこととなつた、そして原告の右後遺症は自賠法施行令別表の一〇級障害に該当する、原告は事故当時小学校四年生であつたが、一年間休学し、昭和四二年四月の新学期から登校したものの体育の時間などは左の手足の動きが不自由なため見学することが多く、ただ、卓球、野球、ソフトボールなどが少し位はできる状態である、以上の事実が認められこれに反する証拠はない。
ところで原告は、右傷害のためその労働能力の二六パーセントを失つたと主張するのでこの点につき判断するに、なるほど右傷害の程度は労働基準法施行規則別表第二の身体障害等級表の一〇級障害に該当すると認められ、また、労働省労働基準局長通達によれば右の身体障害者はその労働能力の二七パーセントを喪失したものと評価されていることは当裁判所に顕著な事実であるけれども、右は労災保険法二〇条一項により国が第三者に求償すべき場合の損害額の計算について定められた行政上の基準に過ぎないものであるからそれは一応の目安にはなり得てもこれをもつてただちに原告が同率の労働能力を喪失したものとすることのできないことは多言を要しないところである。およそ、身体障害の労働能力におよぼす影響は人の従事する職業、年令等により異るものであることはいうまでもなく、特に原告は事故当時小学校四年の児童で将来就くべき職業もいまだ定つておらない(〔証拠略〕)段階で前認定の身体障害が同人の将来の稼働能力にどの程度の影響があるかは将来を見通した訓練やその選択すべき職種にも関係するのでこれを一律に評定するのは困難というほかなく、また、本件全立証によるもそれを適確に把握すべき資料はない(もつとも一般論としてはその障害の程度がより重く、例えば一上肢或は下肢を全廃したといつた場合にはおのづからその職種も限定されてくるので前記喪失率表等も参照し蓋然的数値を算出すべきであろう)。
以上、要するに本件においては将来の逸失利益はこれを認めるに由なく、原告が予備的に主張するように右は慰謝料算定の事情として斟酌することとする。
3 過失相殺
以上、原告の財産的損害は結局九二万一、二〇二円となるが、原告の過失割合も考慮するとこのうち被告らに賠償を命ずべき金員は四二万五、〇〇〇円とするのが相当であり、これから被告須藤の弁済した二万五、〇〇〇円を差引くとその残存損害は四〇万円となる。
4 慰謝料
事故の態様、傷害の程度、その他本件にあらわれた一切の事情を斟酌すると原告の受くべき慰謝料は八六万円とするのが相当である。
5 損益相殺
原告が自賠責保険から合計五六万円の支払いを受けたことは当事者間に争いないのでこれを前記損害額から控除するとその残損害は七〇万円となる。
6 弁護士費用
本件事案の難易、請求認容額その他諸般の事情に照らし弁護士費用として被告らに賠償を命ずべき金額は原告主張の七万円を下ることはないと考えるのでその主張額の限度でこれを肯認する。
六、結び
以上により原告の本訴請求は七七万円とこれに対する履行期後である昭和四四年四月一〇日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用は各一部敗訴した原、被告が主文掲記の割合で負担すべく、職権で仮執行の宣言を付して主文のとおり判決する。
(裁判官 磯部有宏)